脳内百景

3ピースロックバンド"The Highways"のギターボーカル、徳永の脳内。

泥だらけの坑夫

いつの間にか前の記事を書いてから時間が空いてしまった。現在、世間は殺伐としていて、鬱屈している。これ以上事態が悪くならない事を願いつつ、自分は気にしすぎずいつもの生活を続けていこう。(もちろん予防はしっかりする)

 

さて、最近の僕と言えば曲作りによく励んでいる。

以前は一月一曲程度が関の山だったが、去年の11月くらいからは月約4曲くらいのペースで曲を創ってきた。意外とやろうと思えばできるもので、ストックが増えてゆくのは満足感がある。

しかしながら自分の中から何か出せば、自分の中から何かが消耗されるのは確かだ。ガソリンを使って車が走るように、燃料が必要なのだ。

創作にとっての燃料は、自分の生活、その全てだ。

 

音楽を聴く事、映画を観る事は当たり前にそうだが、食べたり出かけたり、人と話したり、面倒な仕事をしたりする事も全てが燃料となる。

ただよいものを創るには良質な燃料が不可欠だ。良質な燃料は常に新鮮な体験や感情を求めていなければ手に入らないように思う。

 

今の僕は良質な燃料を求めて土を掘る泥だらけの坑夫のようだ。ただただ過酷なわけではなく、楽しい事が沢山ある労働だが。

その上人間は記憶ができるので、使った燃料も廃棄物になることなく自分の礎としてどっしり残ってくれる。自分の好きな物が増えていって本当にウキウキする。

 

今の自分には想像もできないものが生まれる事を夢見つつ、今日もせっせと土を掘るのだ。

どんなに掘り続けたって足りないくらいなのだから。

 

人間は多面体

人間は多面体だ。

つまりたくさんの面を持っているということだ。

家族といるとき、恋人いるとき、友達といるとき、職場にいるとき、独りでいるとき。

数え上げればきりがないほど面がある。

この多面体であるということを意識していない人は意外と多いのかもしれない。

 

所謂ギャップというものはある一面を見た人が違う面を目撃した時に感じるもので、色々な面がある事を考えれば実はギャップが存在する事は至極真っ当だ。

例えば殺人犯がニュースで報道されるときに、近所の人や元クラスメイトに話を聞いて「大人しくてそんな事やる人には見えなかった」とか言っているのをよく聞くが、上記の事を考えれば当たり前だ。むしろ殺人犯としての雰囲気を日頃から放っている殺人犯がどこにいるのだろうか(たまに日頃からヤバイ奴もいるだろう)。

 

全ての人が自分と面と向かって接している時とは違う面を無数に持っている。だから月みたいに絶対に見えない部分が、良い面も悪い面も含めて存在しているのではないか。自分以外のある他人の全てを理解しようなんて傲慢だ。理解しようとする気持ちはとても大事だが。

 

 

多面体だという意識があれば、人に寛容になって少しはやさしい人間になれるのかもしれない。まあ人間は人間らしく、時には気を使ったり、時には利己的になって周りが見えなくなったりして、山と谷を越えながら生きるのが1番だろうが。

2019年、総括。

2019年が終わる。

例年に比べて、気温が高めな年末な気がする。昨年の年の瀬にも一年を振り返る文章を書いていた。今年も少し振り返ってみるとしよう。

 

 

 何と言っても今年はThe Highwaysがバンドとして再稼動した年だ。昨年末あたりまで、ドラマーが抜けた状態でアコースティック巡業を半年くらい続けた。

その成果は大きく、バンドの音やバランスに多大な変化をもたらした。スリーピースのロックバンドとして、自分たちが様々な事においてどういうバランスで在るべきか、その答えを導き出していった一年だった。

 

4月からライブを本格的にスタートさせ、8月にシングル『This is fun?』のレコ発ライブを行った。

この音源はゆらゆら帝国とのタッグでも有名な中村宗一郎さんにレック、ミックス、マスタリング、全ての工程を担当して頂き、当時の我々にとって最高の作品となった。中村さんから教わったことは自分にとって非常に大きく、 音源を創るとはどういうことなのか、その全体を見渡す広い視野を教わったと思う。

これは言葉で教えてもらったわけではなく、感覚的に教わったような感じだった。今まで見えていなかった部分が見えるようになった気がした。レコ発に参加してもらったバンド、そして会場となった下北沢LIVEHOLICにも大きな感謝の想いがある。

 

その後はアコースティック編成での活動も並行しながら9月から新宿での路上ライブと毎月行うカバー企画を始めた。

路上ライブの効果は大きかった。というのもそれは人気が出たとかそういう話ではなく(耳を傾けてくれる人は増えたと思う)、自分たちのパフォーマンスにとってだ。

不特定多数の人に見てもらうことで、見えない殻が破れていった。バンドでのパフォーマンスが更に自分たちの理想に近づいていったのだ。

これは是非皆さんの目でライブに足を運んで確かめてほしい。

 

そしてカバー企画は日々の鍛錬に役立った。カバーをすることで自然に楽器を触る回数が増えるし、ハイウェイズを見ている皆さんにも我々がどんな音楽が好みかを伝えることができる。今後も続けていきたいと考えている。

 

 

 

 こうして瞬く間に1年が過ぎていった。濃密で早い速度で過ぎて行った1年だったが、自分には成長してきた確信がある。2020年はとにかく皆さんにハイウェイズを知らせたい。見せたい。

 自分の中にあるさらなる高いハードルを目指し、来年も自分の表現と向き合っていくつもりだ。楽しみながら真剣に。

 

 

最後に今年関わってくれた全ての人に感謝したい。そして2020年も宜しくお願い致します。

映画:JOKER

ジョーカーをみた。
久々に鑑賞中に身体がこわばる映画だった。
非常に個人的な、社会、他人への憎しみが社会情勢とうまく(逆に言えば不幸にも)噛み合った結果生まれた物語だ。

 

個人的な社会や他人への憎しみは、遺憾無く爆発されたまま物語は終わる。ただ僕はそれに何か気持ちの悪いもの、賞賛できない気持ちを抱えた。

なぜか考えてみると、主人公アーサーの残虐な行動の動機が、行き場のない、個人的な不幸から発生されたもの、つまり非常に利己的であり、その行動が最後まで裁かれなかったからかもしれない。殺された人は何の罪もない、結局は1人の人間の究極的エゴにより殺された。大衆はその行動を理由に時勢に沿って騒ぎ立てただけだ。アーサーに何か大きな目的があったわけではない。非常に冷たい言い方をすれば、アーサーは制御の利かない、客観性を失った、それこそただ狂っているだけ‬のかわいそうな人間にすぎない。

 

ただひとつ忘れてはいけないのが、舞台はゴッサムシティであり、ジョーカーはバットマンに出てくる架空の人物であるという点だ。
僕はバットマンをあまり知らない。ついこの映画を現実的に見すぎていた。
これはジョーカーというスーパーヴィランが生まれる経緯を描いた物語であり、それを忘れてはならない。

 

確かにマーベルやDC原作の他の映画と比べると(沢山見ているわけではないが)、非常に現実みがあり、コミック原作映画の範疇は超えていると思うが、あくまで架空の人物、ジョーカーの話である事は心に留めておくべきだ。

この事を忘れないようにすれば、アーサーが最後まで裁かれる描写がない事への違和感にある程度納得できる気はする。

 

映画全体の雰囲気が暗く、息をつかせない。登場する車や街の風景などはカッコよく、好きだった。役者の演技も当然素晴らしい。

そう、冷静にみればこの映画はエンターテイメント作品であり、自分と重ね合わせすぎる事は避けるべきだ。

誰もがジョーカーになりうる?ありえない。それこそ妄想と現実の境目を見失っているのでは?

 

映画は現実ではない事は誰もが知っているはずだ。

 

近況。

気がつけば11月に入っていた。

朝晩は肌寒く、暖かいものがおいしくなってきた。今回は近況報告をしてみたい。主にバンドについてだ。

 

最近のThe Highwaysは定期的な発信を心掛けるようになった。

具体的には週一回の路上ライブと、月2回のカバー動画の収録をするようになった。

路上ライブを定期的にやるのは今回が初めてだ。見ず知らずの人に自分たちの音楽を聴いてもらえるチャンスとなるので、非常にやりがいがある。

何より定期的に人に観てもらうことは1番の練習になる。これ以外にライブハウスでのライブももちろんあるので、これまでと比べるとライブ自体の回数が多くなった。

 

カバーは月2曲、つまりだいたい2週間に1曲をカバーする。声はライン録り、ギター、ベース、ドラムはバスドラムと上部にマイクを立てて一発どりしたものをyoutubeに動画と共にアップするのでごまかしはきかない(ごまかす気は毛頭ないが)。それが程よいプレッシャーとなるので練習を欠かさなくなる。非常に良い事だと思う。

 

 

後は個人的にひと月に2曲以上を目安に曲作りをするようになった。僕はある程度アレンジや歌詞までできあがって初めて曲ができたと考えるので、デモができあがるまでが作曲だ。以前から常に曲作りをしていたが、後悔なく全てを出しきるためにはこの速度のままではダメだと考えた。

今までは沢山つくったら1曲の濃度が薄まるんじゃないかとか、アイデアが出なくなるんじゃないかとか思っていたが、逆に沢山作ることで変な曲とか面白い曲も増えてきた。1曲に対する価値がある意味分散されることで、より様々な、大したことない事も形にしてみようと思えるようになったからだ。

やれば意外とできるもんだなと思う。いや、自分がそういう状況に自然と向かっている気がする。確実に良い方向に向かっていると思う。

 

こういう事は以前はしゃべったり、書いたりするのが嫌だった。自分が一生懸命やってるなんて知らせるのはカッコ悪いし気持ち悪いと思っていた。

だが今は口にしないと伝わらない事を知っている。自分たちなりに、様々な挑戦や努力をしている、それだけ真剣に取り組んでいる事を知って欲しかったのだ。

突っ走ってゆくThe Highwaysに注目して欲しいと心から思うのだ。

 

 

日常短編シリーズ:その本を読みたい

これはフィクションであり、ノンフィクションの話でもある。

 

 

その本を読みきりたかった。

深夜1時を過ぎてバイトを終え、帰路に就く。1冊の本を読みかけていた。バイトの休憩中にも読んでいたが読み切れず、あと3分の1くらいは残っている。明日は忙しいし、読む時間はない。朝も早いので寝るまでの時間は限られている。

 

バイト先を出ると人の気配はほぼ無いに等しい。線路沿いにある店だが終電の時間を過ぎているし、駅からはなんの音もしない。静寂の中からはもう既に虫の声が聞こえる。僕はとりあえず本を取り出し、歩きながら読むことにした。読みたい衝動に身を任せた。

 

とはいえ夜道は暗い。自然光では文字を読み取ることはできない。本の少し黄ばんだページを照らしてくれるのは、次々と現れる電灯の明かりだ。

数メートル歩くと本のページは照らされ数行読める。次の瞬間少しずつ明かりは暗闇に飲み込まれていって、ページは暗くなる。それを繰り返す。効率が悪すぎるが、本を読みたい衝動がそうさせる。

本当にやりたいことがあると多少環境が悪くとも、人はなんとかそれを遂行しようとするみたいだ。

 

途中でコンビニに寄ってビールを買う。一杯ひっかけてから寝たいからだ。

 

たまに駐車スペースの看板なんかがあって、電灯が与えてくれる明かりのペースを崩す。照らされる時間が増えて、少しだけ読める行が増える。結局家に帰り着くまでそんなことをやっていたが読みきれるはずもなかった。酒を飲みながら読むのはなんとなく嫌だったが、飲んでみたら別に大したことはなかった。

 

結局2時間くらいかけて残ったページを読み終えた。その本を読みきった。真剣に考えこんでしまうタイプの内容だったので、なんだか空虚な気持ちが残ってしまった。なんだかすっと眠りに落ちたくない。もうかなり遅い時間だというのに目が冴えて天井と壁のつなぎ目をみつめる。

早く寝たほうが良い。明日も朝早く目を覚まさなければならない。自分の心と話をするのはまた後日にしよう。

[曲解説]2ndシングル『This is fun?』

先日、8月11日に下北沢LIVEHOLICにてレコ発ライブ、『This is fun!!』を開催した。

関わって頂いた全ての人に改めて感謝を述べたい。

 

さて、今回はシングルに収録した3曲について話してみたいと思う。

本来僕は曲について語ることは野暮だと考えている。音楽というのは想像の余地を残せる事も魅力のひとつだ。全て説明するとたちまちつまらなくなったり、そもそも説明できない事もあったりする。

だが今回はあえて説明してみたい。既に『This is fun?』を聴いたことがある人も、そしてない人もこれを読むことで、改めて興味を持ってもらえると嬉しい。

 

1曲目 『This is fun?』

言わずもがな表題曲。サビのメロディが最初に浮かんできて、他を後から肉付けした。もちろん例外もあるが頭から作っていく事が多いので珍しい順番でつくった曲と言えるかもしれない。

タイトルは"?"がついているが、これは問いかけだ。それは本当に楽しいのか?と聞いている。

 

みんなものの良し悪しをどうやって判断しているのだろう。これが好きなのか嫌いなのか何を基準に決めているのだろう。

自分で選択したと思っていも実は環境や世間の雰囲気に流されたり惑わされたりしている事は多々ある気がする。(嘘つけ!君の心は本当にそう感じているのか?なんて思う事はよくある。)

僕はそういう状況によって隠れてしまった自分の本当の気持ちをないがしろにして欲しくなくてこの歌を書いたのだ。皮肉も込めて。

各々が違う感覚を持っている。そのひとつだけの感覚を大事にして欲しい。そんな気持ちがこもった歌なのだ。

 

 

2曲目『僕にはわかる』

僕は1人で弾き語りも月一回くらいのペースでやっているが、その時ブルースをカバーする機会があり、それがきっかけでインスピレーションが湧いてできた曲だ。

 

歌詞を書いている時、『僕にはわかる』なんて詞は非常に傲慢だと思った。

なぜなら僕自身が「君の言ってる事はよくわかる」、とか適当な事を言う奴を信用していないからだ。(もちろん信頼できる人の真剣な言葉の場合は何より力になる。)

そんなに簡単に人の気持ちはわからない。どんなに近しくてもわからない事はある。

 

ただそんな気持ちの中、この歌詞を書く事を後押しした曲がある。 The Smithsの「ASK」という曲だった。

 

 

この曲は簡単に言えば応援歌である。"もし君にやりたい事があるなら僕に聞いてみなよ、ダメっていうわけないだろ" 和訳すればこんな歌詞があり、これはあまりにもストレートな応援だ。まるで君のことをわかっていると言ってくれているようだ。

僕はモリッシーが傲慢だなんて思わなかった。元気がでた。

そして『僕にはわかる』を書いても良いんだ、と確信したのだった。

 

 

3曲目『コーヒーの香り』

 

3曲のうちで最も古い曲だ。たぶんもう完成してから5年は経っている。

この曲は生活と人生の戦場のせめぎ合いの歌だ。飛び込む事への不安と、普通の生活を失う事への恐怖、だけど挑戦したいという勇猛な気持ち。

このコーヒーの香りという言葉は生活そのものを表している。どんなに激しい場所にいても生活は必ずするものであって、ないがしろにしてはいけない、大事な事なんだと言いたかったのだと思う。

結局人をつくるのは生活なのだから。

 

 

僕は日頃からコーヒーが大好きでよく飲んでいる。自分にとってコーヒーは生活を表す上でぴったりの言葉だった。

是非この曲を流すときはカップ一杯のコーヒーを片手にゆっくりとした気持ちで耳を傾けて欲しい。

 

 

さて、野暮だと言いながら長々と書いてしまった。この文章によってThe Highwaysの歌に少しでも興味をもってもらえれば本望だ。

是非ともライブにも足を運んでもらいたい。

 

『This is fun?』MV→https://m.youtube.com/watch?v=Mh9xzWk4W7k